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代表理事の思い

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社会に出れば様々な壁がある。

勉強嫌いな一人の男が35年ほど前に奉職したのが全国でも有数な大手学校法人でした。

9時からの就業でしたが、1時間前の朝8時には出勤して、掃除、先輩方へのお茶の準備などの雑務。
教員としての就職のはずが最初に配属されたのは法人本部事務局。3か月後に移ったのが「企画広報室」。そこは教員ではなく学校法人の企画広報を担当する部署でした。「話が違う」と思いながらも右も左も分からない男は頑張るしかありませんでした。
毎朝、7時前に家を出て名鉄名古屋駅で朝食のカレーライスを3分で食べ、8時に出勤といった日々。午前中は先輩方の手伝い。上司から指示を受けた業務は早くても昼過ぎから。帰りは最終電車は当たり前。遅ければ泊りもよくありました。
業務も実は一番苦手な「文章」を書いたり校正したり。ただ、生徒・学生、保護者と接する機会も多く励みになったのかもしれません。全国の高校を周り「学園の説明」したり、生徒に対して「進路講演」「進学相談会」を行ってきました。実を言うと最高の生き抜き(?)でした。ホテルに18時にはチェエクインできましたから。

人生最大の危機。

11年目のある日、人事部長に呼ばれ「現場に行ってくれ」と異動を言い渡されました。
移動先は、先輩諸氏が移動後数年で辞職しているといった「某校長」がいる学校でした。担当させられたのは「短期大学通信教育部の立上げ」と「専門学校の事務」「両校の企画広報」とやりがいがあり過ぎました(笑)。某校長は短大の通信教育部長兼専門学校校長。どちらも私の上司で逃げることはできません。しかも企画広報が理解できる教職員は一人もいません。結果、本部の広報室の一人だけが手助けしてくれる程度。毎晩、保健室で寝泊まりして近くのサウナにお世話になっていました。朝風呂に入って朝食「食べ放題」が魅力でした。

「努力は必ず実る」。

いつしか、多くの教職員から嫌われている「某校長」とも気持ちが通うようになりました。新人当時よりも早く出勤して最後までいましたから。それよりも指示される業務は全て何日徹夜してでも期日内に完了させましたからね。ところがある日「不登校児や引きこもり、高校中退者を助けるための学校を作ろう!」と意見が一致。私だけでなく「某校長」も考えてみえたのだと嬉しく思いました。ただ、他の教職員は大反対。しかし、中部地区では最初になる学校を専門学校の別科として立ち上げる事が出来ました。当時、週百名を超える親御さんと面談しました。皆さん涙を流し喜んでもらったことを今でも覚えています。様々な途がある事を当時、学園の教職員や中学、高校の教員は知らなかっただけなんです。

「事務長」そして「部長」となるものの。

この間、様々な講義を担当してきました。中でも男の今を作ったのが「若年者再就職支援」。当時労働局の依頼により30歳未満の再就職を支援する講義を担当していました。単に「きっかけ」や「方法論の提案」をしただけですが、就職難時代にほぼ全員が再就職できたのは、本人の「気持ち」や「取り組み」であると思います。やる気さえあれば「なんとでもなる」。
ただ、男は若くして先輩や上司を飛び越えてきました。各所で足を引っ張られた事も転職後、知らされました。転職したこともない男が偉そうに「再就職支援」の講義をしていた事は今だから言える事です。彼らと接した事が「転職」の大きなきっかけとなりました。

初めての転職。

プロモーションビデオやラジオCM、パンフレット等を作ってきたこともあり、FMラジオ局に転職。2年後には経営者になる事も出来ましたが、「教育番組制作」と大学・短大での就職支援講座。高校での進路支援講話。学校法人在職時よりも講演数は増え、教育にどっぷり漬かったようです。県の若年者就職支援機関の立上げも成功裡に終えましたが、FMラジオ局のイベントでは大きな失敗も。各クライアントに1週間掛け頭を下げに行ったこともありました。今だ「トラウマ」になっていることも事実です。正月番組でCMが放送ミスで流れなった時には、正月早々、スポンサーのご自宅まで謝罪周りで正月休みが潰れたこともありました。

当時から学校教育や塾での教育には問題意識を持ち経営者たちとも接してきました。各教育関連の協議会にもお声が掛かり講演を行うまでになりました。「教育長の番組」を取り止め、「高校生対象の進路番組」に変えたのは男の我儘。そして、県や市、幼稚園協会、医師会、薬剤師会、県警の協力を頂きながら「幼児対象の番組」と変えていきました。当時のディレクター達もよく我慢してくれたと思います。現代の教育はまずは「親の教育」からだと感じたからです。

「トライアングルコミュニケーション」

「家庭」「学校」「地域」昭和30年代は、当たり前のように繋がっていました。しかし、現代社会では崩れ落ち「個」の社会になってしまいました。教科学習の面、社会学習の面を総合的に支援できる環境が減少したと言っても過言ではないでしょう。例えば、「家庭」と「学校」は繋がる事が出来ます。「学校」と「地域」もです。実は「家庭」と「地域」の繋がりが少ないのです。

「進学校に合格」「有名大学に合格」「大手企業に就職」

これでだけでも幸せを感じる子や親は多いと思います。社会人になれば後は「自らで考えればよい」確かにそうだと思います。更に、壁を乗り越えることができる「生き抜く力」を備えた子供や、社会人であれば良いのです。

今の時代だからこそ大切な「生き抜く力」。

子どもたちが大人になるまで。子が親になるまでイキイキと生きてほしいものです。
「思いやりの気持ち」「自らが考える事ができる力」「人とのコミュニケーション力」「壁にぶつかった際の乗越え方」などは、家庭や地域、学校、社会で教えられてきたものですが、今の学校教育だけでは中々難しい面がある事も理解できます。だからといって、このままで良いとは思っておりません。20年来の「思い」をカタチににするため様々な業界の理事や学術・教育に長けた顧問、ベクトルが同じサポーターたち、そして「家庭」「学校」「地域」だけでなく「高等教育機関」「民間企業」「行政」「NPO団体」等の協力を頂きながら、子どもたちの「生き抜く力」を育んでいきたいと思っております。

代表理事 千葉 格

<平成30年12月頃施設開設予定> TEL 開設準備中 メールで24時間受付けております

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